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東京家庭裁判所 昭和49年(家)4180号 審判 1975年3月25日

申立人 岩田和子(仮名)

事件本人 松下勝子(仮名)

昭三一・七・一二生

松下久子(仮名)

昭三二・一二・一九生

主文

事件本人松下勝子、同松下久子の各親権者を母である申立人と定める。

理由

申立人は、「事件本人らの親権者を父である松下義重から母である申立人に変更する。」旨の審判を求め、申立理由として、つぎのとおり述べた。

事件本人らの母である申立人は昭和四三年八月一九日松下義重と協議離婚し、その際事件本人らおよび長女文子(昭和二七年七月二日生)の親権者をそれぞれ父である義重と定めた。その事情は、親権者を母である申立人とした場合には養育料を支払えないので義重が子らを引取る旨述べ、また、申立人が同人と別居後バーのホステスをしていて監護に適当ではないと考えたためである。しかし、義重は昭和四九年二月一二日死亡した。長女文子は従前から引続き申立人と同居し、離婚後も義重と同居したことはなく、事件本入勝子は昭和四七年三月中学卒業と同時に申立人と同居して現在にいたり、事件本人久子は義重が死亡して約三ヵ月後に申立人と同居し現在にいたつている。義重の後妻治子は事件本人久子については、高校卒業まで監護してもよいと述べていたが、義重の死後は態度が変つたため、久子が前記のように申立人のところに来てしまつた。義重の遺産はすべて治子が相続し、事件本人らが相続したものはない。申立人は現在昼の仕事に就職することが内定し月収金七万五、〇〇〇円であるが、長女文子はバーのホステスをして月収金一四万円から一五万円あつて家計の補助をしており、事件本人勝子は工場で働き月収金五万円を得、また、事件本人久子は高校生で卒業後は事務職に就職したいと希望し、事件本人らはそれぞれ安定した生活を送り、将来も母である申立人に監護されることを希望している。よつて、事件本人らの親権者を義重から申立人に変更することを求める。

申立人、松下義重、事件本人らの各戸籍謄本、および、申立人、事件本人勝子、同久子各審問の結果を総合すると、申立人主張の各事実が認められる。

一般に、離婚後に親権者である父母の一方が死亡した場合、子について後見が開始し後見人の選任を要するとの見解と、父母の他方が生存する場合、その他方が親権者となることができるとの見解の対立がある。離婚に際し、父母の一方を親権者と指定する趣旨は、父母の離婚による父母と子の共同生活が不能となつたのに伴ない、父母の一方を親権者としてその行使適格者を定めるのが子の福祉に合致するからであり、親権者とならなかつた父母の他方との間でも、基本的には共同親権の帰属に変更はない。したがつて、親権者と定められた父母の一方すなわち親権の行使者が死亡した場合、生存する父母の他方に帰属する親権の行使が子の福祉に合致するかどうかが、民法第八一九条第一項の準用として問題になる。しかし、また、他方では民法第八三八条第一号の後見開始原因との関係でみると、親権者の死亡は同条同号にあたるものである。そこで、両者の関係についてみるのに、両者は法条競合の関係にあり、子の福祉からみて何れか一つを家庭裁判所が選択すべきものと解するのが相当である。思うに、まず、実体法的にみて、親権者が死亡している以上、死亡者の親権の指定を取消すことはできないから、その取消をした上で新たな親権者を指定するとの意味での親権者変更は法律上不可能であり、親権が共同帰属している関係で当然に生存親を親権行使者とすると、生存親が子を現実に監護せず、或いは、監護不能ないし困難、または、監護不適当などの事情で、子の福祉を害する結果をもたらす場合もあり、子の福祉からみた家庭裁判所の後見的判断を介在させる必要性がある。その後見的役割は、一旦親権者とした後さらに親権(管理権)剥奪事件として処理するよりは、直ちにその判断をした方が子の福祉にも合致する。他方において、親権者死亡の場合後見人選任だけで解決することは、前記の親権の共同帰属を無視し、生存する父母の一方が親権者となる機会を何らの法律上の根拠に基づかないで奪うことになり不当な結果となる。そこで、離婚後の親権者が死亡した場合には、子の福祉からみて、生存する他方の親を親権行使者とするか、後見人を選任すべきかにつき考慮しなければならない。そして、生存親を親権行使者とするのが相当である場合は、生存親を親権者と定める旨、換言すれば、親権行使者としての地位を形成する旨の審判を行なう。他方、生存親が将来の子の監護、財産管理にあたるのが相当であるときでも、従前の子との接触状況、子の財産目当てなど特段の事情があつて、家庭裁判所の直接的な後見監督、または、その目的で選任した後見監督人の監督の下におく方が子の福祉に合致する場合、または、従前子を監護していた祖父母など第三者を後見人に選任するのが相当である場合は、後見人を選任することができるものと解する。

ところで、手続的にみて、前記親権者を定める審判、後見人を定める審判は、結局、子の福祉に合致するよういずれか一つの審判をすべきであり、双方の審判がなされ判断が二途に出ることは防止しなければならないものであり、実質的にみて、事件は一個でなければ子の福祉を害する虞れがある。このような事件についての審判は、家事審判法第九条第一項甲類第一四号を準用すべきものと解するのが相当である。すなわち、結論として後見人を選任するときでも、生存親を親権者と定めるべきかについて審理判断しなければならないとの点で、本来の同号事件ではない。また、同乙類第七号は、父母の双方が生存し親権行使者をいずれにするかの協議を前提とし、その合意の当否につき、家庭裁判所の後見的役割からする判断が、調停ないし審判の形式で加えられるものであるところ、父母の一方が死亡すると、前記の協議を欠くことになり、直接裁判所の後見的役割が浮かび上るので、後見人選任の場合の後見的役割とほぼ同種であり、その間に本質的差異はなく、実際上後見監督を要するかにつき差異があるのにすぎないから、乙類第七号の準用は相当とはいえない。したがつて、この場合に親権者を定める審判をしても、それは甲類性が否定されず、審判に対する即時抗告は許されず、即時に執行力を生ずることになる。このような審判は独自の性質を有するものとして取扱うべきであるが、もし従前の取扱いによる処理をするというのであれば、親権者指定または後見選任のいずれかで審理中互いに他方が相当である場合、従前の申立は他の申立に変更させて判断すればよく、また、この種の親権者を定める審判に執行文を付与する必要があればその付与を拒否する根拠もないから、直ちに付与して戸籍の記載を求めれば足りる。

本件において、前記認定事実によると、事件本人らの監護先として考えられるのは、親権者であつた義重の後妻治子のところと、申立人のところのいずれかであるが、申立人に監護される方が事件本人らの利益に合致するものとみられるので、前記説示により、民法第八一九条第一項を準用して、事件本人らの各親権者を母である申立人と指定することとして、主文のとおり審判する。

(家事審判官 高木積夫)

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